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(48)《仮定法-13》

「もし~がなければ」 の構文:

一般のテキスト・参考書にはこの構文に対して there 構文が使えることが記してない。

「もし空気がなければ我々は生きてはいられないだろうに」 という文は下のように書ける。

(1) If there were/was no air, we couldn't be alive.
(2) If there weren't/wasn't air, we couldn't be alive.
(3) Without air, we couldn't be alive.
(4) But for air, we couldn't be alive.
(5) If it were not for air, we couldn't be alive.

if it were not for というわけの分からない言い方が 「もし~がなければ」 という意味になる説明は一般のテキキス・参考書には記してあるのを見たことがない。 生徒もまた例の分からないままの暗記を強いられている。

先に引用した若林俊輔教授の本の中に下記のような解説があった。 記憶を頼りにそれをお借りするが、 この本は現在手元にないのでページ数は分からない。 記憶に間違いがなければよいが...

it : 状況の it (現在我々が生きていられるという現状)
for: 原因の for ( 「お陰」 と訳すと分かりやすいかもしれない)

これらを組み合わせると、 if 「もし」 it 「我々が今生きていられることが」 for air 「空気のお陰」 were not 「でない」(ならば)ということで全部入る。 これを簡単に 「空気がなければ」と縮めて訳しているだけだ。

but for という前置詞句がなぜ without と同じ意味になるのかも説明がしてあるのを見たことがない。

この for も上の for と同じもので 「お陰」 である。 but に問題があるわけだが、 これは 「除く」 (よくある anything but の but と同じもの) の but で、 二つ合わせて 「お陰を除けば」 → 「お陰がなければ」 ということで without と同意になる。

 だがここで注意すべきは but for にも without にも if の意は含まれていないから、 これらの上に「if の気持ちを乗せて使っている」としなければならないことだ。

if it were not for の過去用の形はむろん if it had not been for である。

without が 「なければ」 という気持ちを表すのに使われるから with はまた 「~があれば」 の意に使われる。

With your help, I could be successful.
(あなたの援助があれば、 うまく行くのですが)


It is time ... の構文: 適時とのズレを表す構文。訳は 「もう~してもいい頃だ」。

もう~すべき時になっているのに~していないことを表す叙否文。

time の前に about や high が付くことがある。 時間を表す語に high が付くと其のときの高まりということであろう 「真っ盛り」 を表す。 high noon 「真昼」 、 high summer 「盛夏」 (各自辞書参照)。

PEU p.602 にはこの構文は 「現在・未来」 に使うとある。 PEG p.399 にはこの構文では、I/he/she/it には were は続けられないとある。

またこの構文の後半に進行形が続く例文は普通のテキスト・参考書には見られないことにも注意を要する。

It's time we went. (もう出かける時間です)
It's time we were leaving. (もう出かけている時間です)
It's time I was going. (もう出かけている時間です)
(PEG p.399 より)


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tag : 仮定法

(47)《仮定法-12》

また “If ~ were to” の「形と訳」だけを暗記しても仕方がないので、何を表すためにどう使うのかを見てみる。

我々に与えられている学習参考書ではこの形は「実現の可能性がないことに対して使う」とあるのが普通だ。ALEX p.391 には次のようになっている。

─────────────────────────
If-節 : were to/was to 主節 : would/should など
満たすべき条件 → 起こりそうな結果
─────────────────────────
                      

主節に対してのっけから「起こりそうな結果」とある。我々の持つ参考書が示すズレが凄い。

文例と説明をも引用する。

If I were to(またはwas to)ask, would you help me?

I/he/she/it の後ろに were to を 用いるのは、 was to よりもより一般的である。 were to の方が、 述べられている内容をより仮定的で丁寧な言い方にする。


同所にあるその次の文例は起こりそうなこととして使ったものだ。

If I asked him, I'm sure he'd help us.
-Do you think he would?
Well, if I were to ask him nicely.

PEU p.283 の if ~ were to の項には次のように記してある。

この構文は、 未来における可能性があまり多くないような感じにさせる。 また、 提案をより遠慮がちなものにするのに用いることもできる。

What would you do if war were to break out?
(仮に戦争が起こるようなことになれば、 君はどうしますか)

If you were to move your chair a bit to the right we could
all sit down.
(いすをほんの少し右に動かしていただけると、 みんなが座れる
    のですが) (引用終わり)

この 「提案をより遠慮がちなものにする」 という解説など一般の参考書では全く見られないのではないか。

昔から定評ある学習参考書だけを頼りにテキストの問題に対する模範解答と解説を付けた教師用手引きには相変わらず昔通りの記述が載ってくる。

生徒はそんな解説を聞くわけである。 そして相変わらずの 「かわず英語」 が連綿と続いて行く。

生徒の方もそのような解説を聞くと「学校で習った通り言ってくれるのであの先生の説明は分かりやすい」 となり、 人気投票で○を付ける。

するとキキケケの方はあの先生は人気が高いから「間違いがない。いい教育をしている」と奉ることになる。

何ともアホゥな悪循環だ。 救い難い。

PEG p.303のみには、 この if ~ were to 構文は主としてかなり形式ばった文で使われるもので、 口語でも使われるが=の右側の方がずっと普通であるとしてある。文例は下記の通り。

If he were to resign ... = If he resigned ...
(もし辞任すれば)

If I were to succeed ... = If I succeeded ...
(もし成功すれば)            


この構文は If ~ should 構文と異なり、 主節は必ず would, could 等を用いた仮定法。

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(46)《仮定法-11》

If ~ were to の構文に入りたいが、 其の前に仮定法と were/was について記してみたい。

[続] 英誤診の p.145 には

最近では、 仮定法のの代わりに直説法が使われることが多くなっている。 (文例略) 真の仮定法が依然として用いられているのは、 以下に挙げる場合に限られる。 (中略) その他の場合、 were か was かの選択はどちらでもよい。 日本ではこのことが十分に認められてないようだ。次の問題は、教科書から採ったもの。

?◎ I wish I ( ) an engineer.
(1) will be (2) am (3) was (4) were

解答は(4)だけとなっているが、実際には日常英語では(3)のwasの方がよく使われている。

とある。

しかし、 テキスト(1)では「口語では wasを使うことも多いが、 我々は原則通り were でおぼえておこう」 とし、 「青少年有害図書」では 「従属節の be 動詞は人称などに関係なく were を使うのが原則」 としている。

たかが予備校講師がなぜこういう規制をしてしまうのであろうか。 彼らの感覚のズレでまた 「かわず英語」 だ。 この were が英語では死滅寸前の本物の仮定法の動詞形だという認識がないのかも知れない。 

PEG p.309 ~ p.310では 「if+were」 と 「if+was」 という見出しを作って 「原則としてどちらも使われるが、 文語では were のほうが多い」 「ただし、 助言を表す If I were/was you I should ... の場合は were のほうがやや普通である」 「were/was to の場合も were のほうが普通である」 「倒置構文では were だけが使われる」 等々とある。

PEU にも該当部に同様な記述があり p.577 には 「so to speak (いわば) と同じ意味の as it were という表現では、 いつも were が用いられる」 とある。

ALEX でも If+主語+were/was... という見出しがあって同様なことが述べられている。

他にないところでは、 p.390に 「If it were not for/Were it not for の場合にも were のかわりに was を用いることは一般的にはできない」 と記してある。

本国の文法書が was を使わない場合を特に述べ、 後はどちらでもよいとしていることに対し日本の「ドブネズミ予備校講師」が勝手に were を押し付けているわけである。  

倒置文に関してテキスト(1)では「if節の if が省略されて were [had, should]+主語の語順になることがあり、入試に頻出する」 とある。 入試に頻繁に出す方が悪いが、 一言断ってやる必要がある。

同じ予備校から出ている[続]英誤診 p. 145 には下記の記述がある。

(1)Were I not such a fool, I would have realised what was going on.
[私がこれほど愚かでなかったら、 事態を理解していただろう]

上に挙げたような倒置文はまれで、 堅苦しい表現であるため、 避けた方がよい。

とある。

ALEX p.391 にも 「この倒置形となる形は、 非常に形式ばった文脈のみで使われる」 とある。

生徒の方はこういうことは何も知らされずに 「入試に出る」 ということでともかく暗記するわけだ。

これは英語を習っていることではなく「入試点取り芸」というサル芸の調教を受けていることでしかない。

If ~ were to の形:

やっとこの構文に入ることができる。 この構文は下記の is が were になっただけだ。(be to doの形は不定詞の所で詳述)

The sun is to rise at 5:05 tomorrow morning.
↓ (明朝日の出は5時5分)[不定詞の be to の形。 予定]  
If the sun were to rise in the west, he would not change his mind.
(たとえ太陽が西から上がるようなことがあっても彼は決心を変えないだろう)

上の文は叙肯文(ありうる事を述べる文)、下の文は叙否文(ありえない事を述べる文)。だからbe動詞の所「仮定法」になった。

ただそれだけのことである。以前、生徒の質問に答えている講師が「このwere to は助動詞だと思いなさい。 だから後ろに原形が来る」 と言っているのが聞こえてきてギョッとしたことがある。

しかし、私も学校で英語を習っていたときには、この形を極めて特殊な形だと思っていた。

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tag : 仮定法でのwasとwere

(45)《仮定法-10》

次ぎに未来向けの観察をする。

(未来向けの観察)

(1) (現在形)

must so
may do
can do
will do
shall do

(2) (過去形)

[must do]
might do
could do
would do
should do

(3) (現在完了形)

must have done
can have done
will have done
shall have done

(4) (過去完了形)

must have done
could have done
would have done
should have done


(用法)

(1)欄: 現在・未来に使用

(2)欄: 間接話法における(1)欄の過去形に使う。 仮定法の現在・未来時用に使う (must だけは仮定法に使用せず)。

(3)欄: 前述のように、まずは will/shall have done のみ使用。 現代英語ではshall を使うことが減少。

(4)欄: 間接話法における(3)欄に対する過去形に使う。仮定法過去時にも使用。多分、いわゆる未来完了に対する仮定法としても使用可能。


大阪のリフォーム屋のおっちゃんが

「あした晩の5時までに仕上げときまっさ(意志)」というのは
“I'll have finished it by 5:00 tomorrow night.” だが、

「これあしたの晩5時には仕上がってまっしゃろ(予測)」 なら
“It will have been finished by 5:00 tomorrow night.” だ。

「これあしたの晩5時には仕上がっとることになってまんねん(自然の成り行き)」なら
“It shall/will have been finished by 5:00 tomorrow night.” だろう。
[“ことになる” の will/shall]

これらを断定する気持ちに少し陰りが出てくると (断定の否定)、即ち「仮定法」となる。 だから、

「これあしたの晩5時には仕上がってまっしゃろけど...」 は
“It would have been finished by 5:00 tomorrow night.” となり、

「これあしたの晩5時には仕上がっとることになってまんねんけど...」は
“It should/would have been finished by 5:00 tomorrow
   night.”

となるはずである。

will/shall を使った未来用の完了形は細々と生き残っているという感じがする。 しかも shall の出番が少ない。

にも拘わらず、「ドブネズミ英語」では will have done を 「未来完了」 様々と針小棒大に奉っているわけだ。

法の助動詞を使った現在完了形を過去向けの推量などに使おうと、 未来向けに使おうと法の助動詞が現在形なのは、 推量などの心の働きが現時点で動いているからである。

法の助動詞の現在形は昔は過去形だったという。

過去形を現在形として使うようになって(だからこれらを「過去現在動詞」という変な呼び方をすることがある)過去形を新しく作ったわけだが、 どういうわけか must にだけは過去形ができなかった。

ドイツ語の must の現在形・過去形・過去分詞は müssen,
mußte, gemußt と変化するが ß という字は [s] と発音する。

mußteが英語の must に当たる。これは前述した。


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プロフィール

snack7

Author:snack7
関西の大手私立大学独文卒。JALスチュワードからパーサーとなるも7年で退職。元の独文の修士課程に戻り終了後短大のドイツ語非常勤講師などを経て、予備校英語講師となる。現在は在宅年金生活。1938年1月1日生まれ。

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